全部の人が全力で働かなくても、まわっていける世界
アリの社会には、「必ず2割くらい怠けるアリがいる」と言われています。
では、その怠けアリを取り除けば、残ったアリはもっとよく働くのでしょうか。
実はそうではありません。
怠けアリがいなくなると、今まで一生懸命働いていたアリの中から、また新しい「怠けアリ」が現れるそうです。
私はこの話を知ったとき、とても納得しました。
もしかすると世界は、全部の人が全力で働かなくても、ちゃんとまわっていけるようにできているのかもしれない、と。
私は昔から、目立つことが苦手で、人の前に立ちたいタイプではありませんでした。
けれど、離婚してシングルマザーになり、子どもを守るためには、世帯主として前に出て働くしかありませんでした。
「できるかどうか」ではなく、「やるしかない」。
そんな状況になって初めて、自分でも気づいていなかった力が引き出されたように思います。
こういうことは、人間社会にもよくあります。
頼りにしていた先輩が卒業して、今まで控えめだった後輩が自然と前に立つようになったり。
状況が変わることで、それまで後ろにいた人が前へ出る。
そうやって役割を交代しながら、社会は成り立っているのかもしれません。
そう考えると、「怠けアリ」と呼ばれている存在も、本当は怠けているのではなく、いざというときに力を発揮できる「待機軍」のような役割を担っている、と見ることもできます。
社会全体を支えるための、余白の存在なのかもしれません。
引きこもりが長く社会問題として語られることがあります。
もちろん、その背景には心や体の不調、人間関係など、一人ひとり異なる事情があります。
だから、一つの見方だけで語ることはできません。
それでも私は、「今は力を蓄える時間だった」と後になって振り返る人もいるのではないかと思っています。
人生には、前に進む時期もあれば、立ち止まる時期もあります。
ずっと全力で走り続けることだけが、価値のある生き方ではありません。
私自身、このアリの話を知ってから、「もっと頑張らなければ」と自分を追い立てる気持ちが少しだけやわらぎました。
疲れたら休む。
無理をしない。
自分のペースを取り戻す。
そんな時間も、人生には必要なのだと思います。
「頑張り続ける私」ではなく、「今の自分を大切にする私」を選ぶこと。
その小さな選択が、未来を少しずつ変えていくのかもしれません。
関連記事
自己知覚理論とトランサーフィンの視点から、「未来の選び方」についてまとめています。



