希望も信頼感もなくした時、老化がはじまる。

重ね合うお年寄りの手名言

こんにちは、みのりです。
このタイトルの言葉は、フランチェスコ・アルベローニの著書「借りのある人、貸しのある人」の中のコラム、「愛に冷めた人」の一文です。

2年前に、私は未来に希望が持てずに、激しい不安感に襲われました。
その経験から、ものすごく頷ける言葉です。

私は、機能不全家族で育ち、離婚も経験したけれど、かろうじて持ちこたえていたのは、希望があったから。
結婚するまでは、いつか幸せの家庭をもつんだ!という希望。
その夢は、ボロボロになってしまったけれど、離婚後は、私がいなくなれば、子供が悲しむという思いが支えになった。
希望とは違うけど、子供が私を必要としてくれているという事実は、すごく大きな力を私に与えてくれた。

もともと、役に立たなければ自分に価値はないと思っていたので、子供が成長するにつれ、無価値感と必要とされなくなる日がくると、不安と心配が大きくなっていった。

更年期世代で自律神経のバランスが崩れ、自力では気持ちを前向きに持つことも、出来なくなってしまいました。

あの時より2年は年を取っているけれど、今は希望が持てます。
投薬の効果が大きいと思います。
薬を飲んでいなければ、仕事にいけない自分が恥ずかしく、気が休まらなかったと思う。
罪悪感から、批判されていると思い込んで苦しんでいたかもしれない。
「わがまま」とか「甘えてる」とか。
まさしくグレムリンのささやき!

このコラムは「愛に冷めた人」といタイトルだけに、「もっと情熱的に恋愛しよう」みたいなことが書かれています。
著者のフランチェスコ・アルベローニ氏は、イタリア人なので、情熱的なのかも。
恋愛についての著書も多いです。

日本では、地に足をつけた人の方が立派な大人とみられやすいけれど、「そんな年寄り臭いことをいってると、老け込むよ」って感じ。(みのり個人の見解です)
そんな風に気持ちを引き上げることが出来ないから、困ってるんだと突っ込みたくなりますが(笑)
たしかに、いくつになっても恋をしたら、世界が白黒からカラーになるぐらい、日常が輝きだすのかもしれない。

夏のひまわり



何を見てもときめかず、自力で、回復できないときは、病院にいくことをお勧めします。
「許す」=「甘やかす」ということではないんだけど、自分に厳しい人は、「自分を許す」ことが難しいぐらい頑張ることを強いられてきた人じゃないかと思う。


コラムを抜粋しました。↓

これはまた、若者まで含めた全員が、こざかしい老人になりはてたような、分別くさい社会の言葉でもある。
なぜなら、真の意味での老化とは、希望も信頼感をなくしてしまうことだからだ。
ほんとうの老化は、夢も見ず、人々の可能性も信じなくなったところからはじまる。

人生は、情熱であり欲望であり、かいま見えるだけでまだ手に入れていないことへの、渇望であるはずだ。

無に向かって走り、自分の創造力でそこを満たすことである。
予測できず、変化に富み、たえず新たに生まれ変わるものなのである。
———— 中略 ————
愛が生きつづけるためには、どんなに擦り切れた関係でも、たまにはこの輝きがなければならない。
相手が去ってしまいそうだという不安とか、嫉妬の炎とかというかたちでしかなかったとしても。
愛を生かすには、くたびれた日常でも、感情の燃えあがりや、何かはるかなものへの熱い願望が、たまには顔を出すようでなければばいけない。
近くにあるように見えて、つかまらないもの。つかまらないがまたあられる、明日のようなものが。

フランチェスコ・アルベローニ 著「借りのある人、貸しのある人」より引用

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