長男と発達障害

草原で飛行機の真似をする少年発達障害・不登校
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まさかの展開-15年ぶりの長男との暮らし

私にも大きな変化がやってきた

前の記事で、まわりが変わり始めていると、書きましたが、自分にダイレクトな変化がありました。
15年離れて暮らしていた長男と、一緒に暮らすことになりました!

離婚したのは、20年近く前になるのですが、子供の親権については、ごたついて落ち着いたのは15年前。
長男は中学から、夫とその両親がひきとることになりました。

とはいえ、全く音沙汰がないわけではなく、ここ数年はネットやラインの普及で、いつでも連絡がとれる状況でした。

10年の引きこもり

長男は、高校1年生の時に、学校を中退し、それから10年、いわゆる引きこもり状態だったんです。
実は、小学校の時に、発達障害の診断を受けていて、大人の中や、少人数だと落ち着いているのですが、大勢の子供たちのなかに入ったり、嬉しくなったりすると、舞い上がり、セーブがきかなくなりました。
暴力的な面はなく、嬉しくなると、ちょっかいをかけ、嫌がられ、またちょっかいをかけ、嫌われるの繰り返し。
結果いじめられることに。

子供が大勢だと、スイッチが入るようで、大人だけだと、聞き分けの良いおとなしい子供でした。
早生まれで、幼かったことも大きかったかもしれません。

誰かの力をかりたかった

私自身、集団が苦手だったので、トラブルに対応できず、困り果て、相談所に通っていました。
今でこそ、ADHDや自閉症スペクトラムなど、知られるようになりましたが、20年前は認知度は低く、専門知識をもった人でないと、理解してもらえない状況でした。

社会スキルトレーニングを相談所で、カウンセリングと投薬を病院で、力を借りて、何とかバランスを保っている状態だったのですが、姑に知られることになり、大反対されました。

私は、長男にとって一番大事なことは、大人になった時に、自立する力を得ることだと思っていて、そのために、人よりもケアが必要だと信じていました。
今、どうであれ、独り立ちしたときに困らないようにすることが最優先だと思っていました。

だけど、世代的にも世間体を気にする姑や夫に理解してもらえませんでした。

否定しかされない

こんなに良い子なのに、おかしいとは何事だ! 治療も相談も必要ない!
恥を世間にさらすな!
そんなおかしな薬(当時息子にリタリンを処方されていた)を絶対飲ますな!
と姑に言われました。
夫は姑に逆らえないし、子育ては母親がするものだと、ノータッチ。

はじめての自己主張は大炎上

私は、自分一人で対応するのは、限界だと感じていたので、初めて姑に反論したんですね。
それが火に油を注ぐことになり、大炎上。

姑は「お前がおかしい、頭がおかしい」の一点張りで話合いにもならず、夫との溝も深まるばかり。
離婚話に発展し、家庭裁判所で調停になったけど、そこにも夫の代わりだと乗り込んでくる姑。

そういう経緯があっての離婚だったので、夫側に引き取られてからは、発達障害で診断されたことは隠したままでした。

友達は、自分で選びたい

長男は、中学は途中から不登校。
高校を1年で中退してからは、家でずっとゲームをしている生活でした。

そのうち、インターネットを通じてゲームの仲間が出来て、プライベートな相談もできるぐらいの仲になり喜んでいました。
昔から、ゲームのセンスが、あったので、チームのリーダーもしていました。

親交が深くなり、そのチームのみんなで会おうとなった時、長男は、行くことが許されませんでした。
「ネットで知り合った人なんて、どんな人かわからないから、行ったらダメ」と。

成人している大人が、なぜダメと言われて、行けないのかと思うかもしれませんが、こういう心理状況になってしまうんですよね。
小さい頃に杭に鎖でつながれていた象は、大きくなって、その杭を抜く力があっても、抜こうとは思わないのと同じ感覚だと思います。

でも、このことがキッカケで、長男に変化が現れました。
自由に会いたい人に、会いたいと。

引きこもり自立支援センター

「働きたいけど、どうしたらいいかわからない」と相談を受け、前から調べていた引きこもり自立支援センターを紹介しました。
初回は、一緒に行きました。(これも、姑の許可を取ってから)

私も、行くまで知らなかったのですが、発達障害がある場合、就職は障害者枠でいけるようで、支援センターの人が、就業後もケアしてくれるらしいのです。
ただ、それには、もういちど、発達障害での診断書が必要となるとのこと。

私は、それはムリだなと諦めモードだったのですが、長男の意思は固かった。
長男は、フォロー・サポートを、何よりも必要としていたのです。

それから2年。
障害手帳を取り、カウンセリングに通い、工場の下請け作業をセンター内でしています。
昨年暮れに、絶対的君主だった姑が亡くなりました。

この間、ずっと「お前はおかしくないのに、甘えてる」と言われ続けていたようで、かなりぎりぎりな心理状況でした。
身体的にも、不眠、頭痛、胸の痛みなどがあったようです。

経済的援助は出来ないけど、うちに避難してきていいよと言っても、「迷惑かけるから」「揉めるから」と、頑張っていました。

急展開

今年になり、支援センターの人のサポートがあり、ようやく家を出る準備ができ、センター側、本人、父親での話し合いが設けられたのですが、決裂。

話し合いの場では、結論は持ち帰るといってた父親は、家に帰り長男と二人になると、
病気(発達障害)に、逃げている。甘えている。
家を出るなら、縁を切る。
家を出ないと念書を書け。
などなど、一方的に言われたようです。
せめて、この2年の頑張りと成長を認めてくれたら、話し合いの余地もあったのだろうけど、その見込みもなさそうでした。

それで、これ以上否定されると、自分が壊れると、翌日、うちにやってきたのです。
支援センターへは、 時間はかかりますが 隣県なので、家が決まるまで、ここから通う予定です。

こんなことがあり、短期間とはいえ15年ぶりの3人暮らしが始まりました。

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自己欺瞞な人たちに要注意!

機能不全家族って、日常的な暴力や、親が依存症だと、わかりやすいですが、愛で支配している場合、とてもわかりにくく、助けを得にくいです。

お前を愛しているから、心配で守っていると、感謝を要求する。
束縛に耐えきれなくなると、感謝できないお前は、なんて、ひどい奴だとののしられる。

自分の正当性を主張するため、事実を歪め、やがてそれが真実だと思い込む。
何か自主的にやろうとすると、否定し、禁止し、無力感や無価値感を植え付ける。

そして、こういう関係は閉鎖的な場所で起こるように思います。

長男が、自立に向けて動けたのは、第三者である支援センターという場所をみつけられたからだと思います。

この先、どうなるかわからないけど、長男の未来に光が当たっていくよう祈っています。
姑の死と長男の自立により、私も婚家(元)の呪縛からようやく解放されそうです。
本当に長かった…

誰かに否定され続けるって、本当に辛い。相手の問題だとわかっていても、とても重苦しく、しんどいです。
自分を応援してくれる人のそばにいたいものですね。

最後までお読みいただきありがとうございました

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