次男、お前もか!兄弟で不登校

階段をのぼる2人の少年発達障害・不登校

長男が不登校だったのは、前回お話ししました。
実は、次男も不登校経験者です。

ただ、次男の場合、原因がわかりませんでした。
今も、自分でも、わからないと言います。
次男は、6月生まれで体も大きく、幼稚園でも学校でも、友達が多く、私の子供とは思えない、しっかりした子供でした。
積極的で担任の先生からは「リーダーになっていく子です」と、言われていました。

それが、小学5年ぐらいから朝になると、トイレにこもるようになったのです。
最初は下痢で、嘔吐もするようになりました。
病院にいっても、内科的には問題なし。

フルタイムで仕事をしていたので、学校を欠席した日も、昼間何をしているかは、わからない状態でした。
帰ると元気でしたが、朝の下痢と嘔吐は、演技とは思えず、苦しそうでした。

長男の時は、思い当たることが多すぎて、逆にサポートがなければ、クラスに入っていくこともキツイ感じでした。
しかし、次男に関しては、まったく思い当たらない。
何のサポートを必要としているかもわからない。
今から思えば、長男が夫側に引き取られ、気が抜けたような燃え尽き症候群のようなものだったのかもしれません。

家庭が複雑といえば、あきらかに複雑でしたが、次男と私の関係は良好だったので、最初は様子を見ていました。
しかし、学校で問題がないとなれば、家庭で何かあるのかとなります。
学校側も、何も手を打たないわけにもいかず、原因探しをしてきます。

離婚の経緯や長男のことなど、まだ癒えていないし振り返りたくない過去を話さなければならず、学校に行ってくれてさえいればと悔しかったのを思い出します。
長男に続き、次男の不登校で、自分の親を超えて優しい母になるんだ!という、自分を支えていたものが、崩れ落ちるのがわかりました。
大人になって年を重ねても、そうそう立派になれるものではないんだと、ひしひしと感じました。

次男は家で、嘔吐していても、学校に行ったときは元気で問題がないので、無理してでも連れてきてくださいと言われるのですが、柱にしがみついて拒否ってるのを、抱きかかえていくこともできない。(身体が大きかった)
ある朝、迎えにきてくれた担任がその姿をみて、こんな次男君ははじめてみたと驚愕していました。

ただ、長男の時と違うのは、不登校で多少の空白が出来たとしても社会や学校に復帰したら、ちゃんとやっていくだろうなという安心感がありました。

小学6年の途中から中学1年の夏休みまでは、登校できるようになり、このまま順調でいってほしいと願っていたのだけど、また嘔吐が始まりました。

甘えてるのか?恐怖で言うことを聞かさないといけないのかと、鬼のように怒ったことがあったけど、逆効果。
(このことは、未だに、あのままだったら、母ちゃんとの関係は終わってたと言われます)

田舎だったので、勝手に外出する心配はしていなかったのですが、毎日ひとりで、家に残していくのは不安で、生活も乱れていくのがわかりました。
思春期に入り、男親不在の影響も心配でした。

そこで、意を決して、山村留学をさせることにしました。

シングルマザーなので、私立高校に進学させる余裕はないので、公立進学を希望していました。
それで、出席のカウントをしてくれる施設を探しました。
少人数の施設で、家庭的で、設備の揃ったところを見つけました。
(寮、食堂、浴場、体育館など、設備があり)

山村留学先
山村留学先-建物すべて施設

まず、見学に行き、その後、体験で1週間を過ごしました。
遠方の山奥だったので、行くのに一日がかり。

それなりに、楽しく過ごしたようで、中学2年の1年間は、そちらでお世話になりました。
勉強は、個人のレベルから始め、定期的な地域のボランティア、あと大自然の山の中だったので、川遊びなどもダイナミックに遊んでいたようです。
時間に追われない、そういう時間が良かったのかも知れません。

もう、この施設は、閉園になっていますが、生徒も少なく、個室も立派すぎるぐらいで、良い経験になったと思います。

(ちなみに、今は地域の交流館になっているみたいです。)

泥遊びも大胆

当初は卒業までと思っていたのですが、3年からは学校に行くと言うので、戻ってきたものの、数ヶ月でギブアップ。
普通校だと、また不登校になり、コンプレックスが大きくなるだけかもと、高校は通信制に進学。
そのあと4年間コンピュータの専門学校に通い、今は社会人として頑張っています。

今はAO入学という制度があり、面接と作文だけで、高校、専門学校に進学出来るんですね。
正直、あんなに勉強せずに、よくぞ追いついたと思います。
ちなみに雑学だけは豊富です(笑)
字を書いてるのを見てると、書き順が自由すぎて、笑えます。

エリートの道とは、かけ離れているけれど、本人は満足しているみたいです。
不登校は、引け目に感じていたようですが、それなのに、今、ちゃんと働いていることが、逆に自信となっているようです。

私は不登校ではなく、苦登校でした。
なので、過去に戻れるとしても、あの頃には絶対戻りたくないです。
不登校でも苦登校でも、今が自分らしくいられるのなら、苦い過去も良い財産に変わるのではと感じます。

長男も次男も、私の知らないところで苦労をしてると思うし、今後、生き辛さに苦しむかもしれません。
だけど、そういうのも、人生を豊かにするひとつのピースになってほしいと、心から願うばかりです。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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