PR

必要とされなかった痛みと解放(解説版)

「話せばわかる」という教育に縛られ、罪悪感を抱えてきたHSPが、 必要とされなかった痛みを理解し、解放へ向かうことを象徴するイメージ みのりのつぶやき
スポンサーリンク
スポンサーリンク

「話せばわかる」という教えが、HSPを縛ってきた理由

私たちは学校や社会で、繰り返しこう教えられてきました。

  • 話し合えばわかりあえる
  • 誠意を尽くせば通じる
  • 理解する努力をあきらめてはいけない

この教え自体は、決して間違いではありません。
けれど──

この教えに、深く縛られてしまう人がいる。
それが、HSP(とても感受性の高い気質)を持つ人です。

同じ教育を受けても、ある人は軽く受け流し、ある人は人生をかけて背負ってしまう。

その違いはどこにあったのでしょうか。

なぜHSPは「話せばわかる」という教えに縛られたのか

HSPは、もともと

  • 誠実であろうとする
  • 相手の気持ちを汲み取ろうとする
  • 調和を壊したくない
  • 自分より相手を優先しやすい

という気質を持っています。

そのため学校で教わった
「話し合い」「誠意」「理解する努力」を、

社会的な建前ではなく、
人として守るべき“絶対のルール”として
心の奥に刻み込んでしまった。

話しても伝わらないとき、HSPはこう考えます。

  • 私の説明が足りなかったのかもしれない
  • もっと誠意を見せるべきだった
  • あきらめるのは冷たいことなのではないか

そして気づかないうちに、
相手が向き合わない問題まで自分の責任として背負ってしまう。

ここから、罪悪感が生まれていきます。

なぜHSPだけが深く傷つくのか

誠意を尽くしても報われなかった関係の中で、
HSPが抱えてきた「必要とされなかった痛み」と心の傷を象徴するイメージ

3つの「見たくなかった真実」

HSPが罪悪感を手放せなかったのは、
優しすぎたからでも、弱かったからでもありません。

そこには、
心が直視するにはあまりに辛い3つの真実がありました。

HSPは、対話の力を信じています。
だからこそ、

「この人は、そもそも向き合う気がない」
という現実を認めることは、希望を失うことと同じだった。

相手が変わらないと認めるくらいなら、自分を責めたほうが、まだ耐えられたのです。

「優しさ」だと思っていたものが、実は支配や依存だったかもしれない。

この可能性は、HSPにとって心が壊れるほどの痛みを伴います。

だから無意識にこう考える。

  • 私が悪かっただけ
  • ちゃんと愛されていた
  • 伝え方を間違えただけ

罪悪感は、愛がなかったかもしれない現実から自分を守る鎧でもありました。

HSPは本当は気づいています。

  • 何度説明しても、相手は変わらない
  • 話し合いは成立していない
  • この関係には歪みがある

でも、その気づきを認めた瞬間、行動しなければならなくなる。

離れる。
選び直す。
人生を引き受ける。

それが怖くて、
罪悪感で自分の直感を打ち消してきたのです。

気づいてしまった人の物語

※ここからは、すでに別記事として公開しているエッセイを、「なぜHSPは罪悪感を手放せなかったのか」を具体的に理解するための物語として、あらためて載せます。

ある日、私には見えてしまった。
彼の母親が、彼の背中の羽をもぎ取っているのを。

そして、私を排除しようとしていることも理解できた。
彼女は、彼を自分のもとに置いておきたかったのだ。

私は彼に必死に、一緒にここから飛び立とうと説得した。
まだ飛べるうちに。

でも彼は、首を縦にふらなかった。
それどころか私を責め、私を説得しはじめた。

彼には、見たくない真実だったのだ。
気づきたくなかったのだ。

母親のもとで、母親に守られて生きようと。
翼なんてなくても、母親さえいれば良いと。

私は、彼を説得できない自分が情けなかった。
かといって、ここにはいたくなかった。

私は、羽ばたきたかった。

そして私は、彼を置いて、飛び立った。

あれから何十年。
ずっと、他に方法がなかったのかと、自分を責めてきた。

でもようやく気づいた。

私は、彼に必要とされなかったことを認めたくなかったのだ。

今、私は彼の選択に敬意を払って、そして解放しよう。

私は、彼の愛を必要としなくても大丈夫。
私は、彼に愛されなくても大丈夫。

だって――
私は、自分で飛び立つ翼をちゃんと持っているから。

過去の関係を俯瞰し、自分の選択を静かに見つめ直す
HSPの心境と解放へのプロセスを表した空と鳥のイメージ

(エッセイでは、最後の解放しようは、何を解放しようと言ってるのか補足で説明しています)

沈黙と解放は、冷たさではない

説明をやめること。
分からせようとするのをやめること。

それは、無関心でも、逃げでもありません。

相手を変えようとするのではなく、
自分の人生の選択を引き受けることを象徴する
境界線と判断のイメージ

健全さを保つ境界線です。

相手には相手の選択があり、自分には自分の人生がある。

HSPが手放すべきだったのは、誠意でも、優しさでもなく、

  • 相手の人生を背負う責任
  • 変わらせなければという期待
  • 分かってもらえなかった自分への罪悪感

だったのです。

【まとめ】罪悪感の終わりは、自分の人生の始まり

「話せばわかる」
「誠意は通じる」

それが通じる相手も、確かにいます。
でも、通じない相手がいることも事実です。

その現実を認めることは、冷たさではなく、成熟です。

HSPが罪悪感を手放すとき、
それは誰かを見捨てる瞬間ではありません。自分の人生に戻る瞬間です。