恥ずかしがりやとは、自分のことしか頭にない利己的な人!?

恥ずかしがる犬日々のこと、おもうこと


 
いつの頃からだろう、ポジティブ思考がもてはやされ始めたのは。
私は、小学生の頃、内気…という自覚はなかったのだけど、ひとりでいるのが好きな子供でした。仲良しがひとり、ふたりいたし、さほど困っていた記憶もないんです。

それが、小学校3年の時、おとなしい私を心配した母が学校に相談し、担当の先生はクラスのみんなと考えよう的に学級会が開かれました。

私は、確かにおとなしかったけど、それで誰かに迷惑をかけた覚えはないんですね。
外遊びより、絵をかいたりしてるほうが好きだっただけ。
空想好きで、ひとりでぼーっとしてただけなんです。

学級会で、「なぜ、みのりちゃんは本ばかり読んでいるのか?」など、質問されました。
いつも誰かの後ろにいたいタイプなのに、みんなに注目され、私は針のむしろという感じでした。

その時、自分は、周りから見るとおかしいのかと、初めて思った瞬間です。

それからは、自分の気持ちは二の次で、自分が批判されていないか、相手の求める答えを言えているか、明るく振舞えているかと、神経をとがらせていました。
その努力の結果、とても良い人、優しい人と言われるようになりました。
明るくて元気と言われるまでになりました。
けれど、周りの評価とは反対に、本当の自分がばれるのではと、びくびくしてました。

自分の価値基準に全く自信が持てなかった私は、誰かに誉めてもらうことでしか安心できませんでした。
なので、誉めてもらえてないと、すぐ不安になります。

ハート型の石

誉めて貰うために、頑張っていたのですが、やがて、疑問に思うようになりました。
こんなに、気を使って真面目にやっていても、私って大事にされてるのかな?と。
文句を言わないから、後回しにされていると感じ始めました。

そんな時に、ある本で
「恥ずかしがりやとは最も利己的な人のことを言う。彼は自分のことしか頭にない」
という一文を読みました。
はじめは、何を言ってるのかわかりませんでした。
 
でも、「他人の顔色ばかり気にして自分の意見を言わない、それは相手に自分の気持ちを察してくれという押しつけになってる」ということじゃないかなと思います。
自分を守ることばかりに必死で、実は相手のことを考えていなかったのではないかと。 

自分は、弱者で被害者側の人間だと、悪いのはずうずうしい他人の気持ちを考えられない人だと思っていたことに気づかされました。

不安症の人が、自意識過剰に思われないよう、自意識過剰になるとはよく言ったもので、まさに私は、そのものでした。
他人から見られている自分、他人が見ている自分にばかりにベクトル➡が向いていて、肝心な自分や、相手そのものを見る余裕をなくしていたのです。

相手を尊重するからこそ、自分の意見をきちんと言ったほうがいいのだと、気づきました。
私のターニングポイントのひとつです。

そのある本とは、たかたまさひろさんのリラックスブックです。

たかたまさひろさんを知ったのは、愛する人に愛される方法というWebサイト。
誠実に周りの期待に応えようと、荷物を背負いすぎて、身動きできなくなった経験のある方です。

たかたまさひろ氏は、苦しいときに、救いを求めて本を読みあさったけれど、前向きな言葉に、居心地の悪さを感じ、こういう言い方をされていたら素直に受け入れていただろうと、コラムを書いたとおしゃっています。

共感するところが多いです、というか全部といってもいいぐらい。
恰好をつけていない等身大の言葉がじんわり心にしみてきます。

力が緩む素敵な文章を書かれる人なので、是非サイトのコラムを読んでみてください。
何冊か本を出版されてますので、お気に入りの一冊にして手元においてみても良いです。
私は、「セラピーブック」「リラックスブック」「こころのおそうじ」の3冊を持っています。

医師やカウンセラーなどの専門職ではない、となりのお兄さん的目線なので、軽く読めますよ。

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